エルトゥールル号事件

当サイトの「あれこれ」でご紹介申し上げている、多くの皆さまに知って頂きたい実話です。こちらでも紹介いたします。

トルコと日本の絆

日本の招待を受け明治23年(1890)6月に木造艦エルトゥールル号で来日したオスマン帝国(トルコ)の親善訪日使節団は同年9月に帰路についたものの台 風に遭遇。和歌山県のとある漁村の沿岸にて沈没し、587名が死亡また遭難した。 沈没の一報を受けた漁民たちは、暴風雨のさなか直ちに救出活動を開始、その後漁民たちは自らが貧困に喘ぐ境遇の中、献身的に生存者の回復に努めそのかい あってか69名が生還、翌明治24年(1891)1月に無事帰国を果たした。 この事件は、オスマン帝国(トルコ)で大きく取り上げられ、日本と日本人に友好の思いを深めた。 その後トルコ人が公の場所においても互いの友好の歴史を語るとき、一番最初に持ち出される話題となり、今日でもこの一件は日本とトルコを結ぶ美談として語 り継がれている。

この一件には後日談がある。

昭和60年(1985 )のイランへと舞台を移す。 勃発したイラン・イラク戦争において、日本国内の諸事情によりテヘランに取り残された邦人の救出をトルコに求めた在イラン大使(野村豊氏)の窮状の訴え に、トルコの在イラン大使ビルレル氏は「トルコ人なら誰もが、エルトゥールル号遭難の際に受けた恩義しっています。ご恩返しをさせていただきます」と要請 を受けたトルコ航空機にて215名邦人全てが救出された。 凡そ100年越しの恩返しである。

トルコが親日国の理由 Friendship of Turkey and Japan
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