境内

本殿

1.本殿

佐々成政により社殿を焼き払われた後(炎上月日不詳)、慶長年間(1596年から1615年)に加藤清正公により再建されました。現在のご本殿は明治十四年(1881年)の建築です。

拝殿

2.拝殿

拝殿は文久二年(1862年)の建築です。昭和二十二(1947年)年に屋根替えを行い、老朽化に伴い平成十二年に窓枠など交換しました。

天満宮

3.天満宮

菅原道真をお祭りした神社です。延喜三年(903年)陰謀により不遇の死を遂げた藤原道真の死後、都で疫病が流行ったり、落雷や火災が相次いだ為、「道真の崇り」であろうと恐れられたことがありました。地方農村でも、その祟りから農作物を守るため、あちこちで天満宮が建てられたという流れのもと、この地にもお祀りされたと思われます。しかしながら、時代の流れとともに菅原道真公の人柄や、学問分野に多くの実績を残していることから、今では、「学問の神様」として広く篤く信仰されるようになっています。

みそぎの井戸

4.みそぎの井戸

初代宮司が掘った井戸です。神風連首領 太田黒伴雄も宇気比の前に身を清めました。創建当初(1445年頃)は、毎日海水に身を清め禊(みそぎ)を行っていましたが、干拓により海が遠くなったので井戸を掘りここで禊をすることとなりました。当時は、潮の満ち干きの影響を受けこの井戸もそれに合わせて満干を繰り返していたようです。

さざれ石

5.さざれ石

地下の大小の石が、雨水によって溶解された石灰石によりかたまり、どんどん大きく成長したものです。国家「君が代」の通り、千代に八千代に悠久の時を経て「巌(いわお)」となり、さらに「苔」のむすまで成長してゆく。その様子は、まさに我が国の永遠の反映を象徴しているといえるのではないのでしょうか。皇紀二千六百六十年(西暦2000年)天皇誕生日を奉祝し当大神宮に献納されました。

手水舎

6.手水舎

平成十八年 奉祝皇孫親王ご生誕と神風連烈士130年祭記念にて龍吐水が有志によって奉納されました。
<手水の作法>
1.ひしゃくを右手に持ち、左手を洗います
2.次に左手に持ちかえ、右手を洗います
3.右手に持ちかえ、左の手に水を受けその水を口に含んですすぎます
4.再度、左手を洗います
5.最後にひしゃくを立て柄を洗います

猿田彦大神の石碑

7.猿田彦大神の石碑

ニニギノミコトが高千穂に天孫降臨された時に道案内を務められた神様。新開大神宮にお祀りされている神様もこの神様に案内され、お鎮まりになられたのではないかと言われています。また、旅(お伊勢参り)の安全を祈願し、帰ってからお礼の為に各地に建立されたという話も残っている。「みちひらき」の神様ともいわれ、物事の始まりの道しるべになり進むための道をよりよい方向に導いてくださる神様です。

すもう場

8.すもう場

秋の大祭時に小学生による奉納相撲が行われます。

くすの木

9.くすの木

創建当初からこの地にはくすの木があったのではないかと言われているので、古い樹木になると樹齢570年は経っているのではないかと思われます。(平成28年現在)熊本市保存樹木(5本)に指定されています。

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