◎ お祀りされる神々

◎ 天照大神(あまてらすおおかみ)

   有形無形を問わず、この夜のすべて物にお恵みをお与えくださる「太陽の神」

   正しくは皇室のご先祖さまにあたられる神さまです。

◎ 豊受大神(とようけのおおかみ)

   天照大神のお食事を担当される神さまで、命をつなぐ「食物」の神さまです。

   古より「衣食たりて礼節を知る」と伝えられるとおり、
    私どもの日常生活に欠かすことので きない「衣食住」の神さまです。

 

◎ 創建

文安元年(1444年)初代宮司にご託宣(神さまのご啓示)が下り、

文安2年(1445年)にご鎮祭、お社に神さまが宿られた。

 

◎ 創建の経緯

初代宮司を太田黒孫七郎(おおたぐろ まごしちろう)という。

初代宮司が文安元年のご託宣をいただき、ご鎮祭の佳日を迎えるが、その経緯には伝説がある。

もともと一年に一度、必ず伊勢神宮を参拝されいたが、次第に月に一度、その後ご託宣を頂戴する頃には天空から舞い降りてくる大きな白鳶に乗って「空を翔り」熊本・伊勢神宮を往来され日参なされていたそうである。その姿に近隣の人々は「飛行孫七郎」とか「飛行神」とか呼ばれていたらしい。

太田黒孫七郎はご鎮座以前より『禊ぎ』を日課として務められており、ご鎮座後も禊ぎはつづき神明奉仕に務められ、康正三年孫七郎九十七才のある日、

 

「私はこれから高天の原、神さまの世界へと詣でることになったので、
     これからは二つの世界を往来し、末永く子孫を守るであろう・・・云々」と

言葉をのこされて天空から舞い降りてきた大きな白鳶に乗って大空高く舞昇られた。

 

◎ 変遷

他では類例を見ない創建の経緯をもつお社であるから、当初より領主菊池持朝公の熱 心な崇敬をいただき、さらにこの出来事は朝廷をも知られるところとなり、ありがた いご尊崇を賜った。しかし安土桃山時代、佐々成正により社殿等の焼失にあう。

その後、加藤清正公が国主として赴かれると、熊本城築城にあわせ神社や寺の再建に 尽力され、以前にも増した再建を得て、加藤清正公はじめ歴代藩主の直参を頂いた。

時は流れ、幕末・明治維新を迎える頃には熊本にとどまらず日本の碩学であり、肥後 国学の祖と称される「林桜園」の熱心な崇敬と、翁を師と仰いだ宮部鼎蔵ら「肥後勤 王党」とその後の「神風連」が最も崇拝・信仰した神社である。昭和には、三島由紀 夫氏も参拝されて代表作「豊饒の海」を上梓、第二巻「奔馬」には「神風連史話」と して当大神宮や当時の様子が記されている。

 

◎ 所在地情報

◇ 車でお越しの方
国道3号線近見交差点を熊本新港方面へ
国道501号線との交差点を左折(宇土・天草方面へ)
神社案内看板を過ぎた点滅信号を左折凡そ200m直進すると右手に森が見えます。
※ 駐車場はございませんので、公共交通機関をご利用下さい

 

◇ バス・JRでお越しの方
* 産交バス:* 熊本交通センター熊本駅から乗車。
「川口行き」または「宇土本町行き」に乗車し、内田バス停下車 徒歩10分
* JR: JR川尻駅下車。徒歩1時間、タクシーにて15分程度
   
◎ 住所 : 〒861ー4127   熊本県熊本市南区内田町1266番地
◎ 電話 : 096−223−0132 Fax : 096−223−0384

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