◎ エルトゥールル号事件

トルコと日本の絆

日本 の招待を受け明治23年(1890)6月に木造艦エルトゥールル号で来日したオスマン帝国(トルコ)の親善訪日使節団は同年9月に帰路についたものの台風 に遭遇。
和歌山県のとある漁村の沿岸にて沈没し、587名が死亡また遭難した。

沈没の一報を受けた漁民たちは、暴風雨のさなか直ちに救出活動を開始、その後漁民たちは自らが貧困に喘ぐ境遇の中、献身的に生存者の回復に努めそのかいあってか69名が生還、翌明治24年(1891)1月に無事帰国を果たした。

この事件は、オスマン帝国(トルコ)で大きく取り上げられ、日本と日本人に友好の思いを深めた。その後トルコ人が公の場所においても互いの友好の歴史を語るとき、一番最初に持ち出される話題となり、今日でもこの一件は日本とトルコを結ぶ美談として語り継がれている。

 

この一件には後日談がある。

昭和60年(1985) のイランへと舞台を移す。

勃発したイラン・イラク戦争において、日本国内の諸事情によりテヘランに取り残された邦人の救出をトルコに求めた在イラン大使(野村豊氏)の窮状の訴えに、トルコの在イラン大使ビルレル氏は
「トルコ人なら誰もが、エルトゥールル号遭難の際に受けた恩義しっています。ご恩返しをさせていただきます」と要請を受けたトルコ航空機にて215名邦人全てが救出された

 

 凡そ100年越しの恩返しである。

 

 

◎ 命が生まれること

初宮詣

夫婦仲睦まじくあれば、子宝を授かるのは世の道理。

しかし、こんなごく当たり前のことでも、
実はもの凄いことであることをご存じであろうか? この「もの凄いこと」を数字でおってみると

・・・ 受精卵の誕生には1億から3億個の精子が必要である・・・

これは、皆さんご存じですね。 この「1億ないし3億分の一」の確率で芽生えた受精卵はお母さんのお腹の中で成長を続け、およそ十月十日の歳月を経て誕生の吉日を迎える。

 

では、一組の夫婦間での1個の受精卵が授かる遺伝子の組み合わせ何通りあるのか?

これはなかなかご存じではない。

物の本によると70兆通りの組み合わせがあるそうだ・・・
「70兆!」 てことは、つまり数億分の一の確率で誕生した受精卵は、「70兆分の1」の遺伝子の組み合わせをいただいて成長し生まれてくる。

もはや人が思惟してどうこう出来るレベルの話ではありません!

当然ながらこの組み合わせは両親、祖父母、曾祖父母と何世代にもわたり繰り返され今がある。
と言うことは命は誕生すると言うより、「導き出されてくるもの」といった方が良いのかもしれない。

つまり「選ばれて生まれてくる」 過言ではあるまい。

今日では科学の進歩によってより具体的に説明できるが、科学とは無縁であった時代でも感性、感覚的に理解されていたようだ。

「神さまのおかげ、ご先祖さまのご恩」

無限の可能性を秘めたこの言葉がそうだ。
それにしても「子宝」とは、よく云ったものである。

 

 

◎ 宝

「宝」の語源ってご存じですか?

「田んぼから生まれ出でるもの」

「稲」つまり収穫される「お米」のことだそうです。

キーワードは「から」

類似する言葉として「腹から」「輩(ともがら)」「家族親族(うからやから)」があります。「腹から」は同じお腹から生まれたもの「兄弟姉妹」、「輩」は共通する環境や価値観から生まれる「先輩・同輩・後輩」、「家族親族」は同じ血脈・血筋に属する「血縁」を示します。 つまり「何処から」出発しているのかがポイントなのです。

食料自給率の低さが嘆かれる反面、「飽食」が危惧されている今日では想像しがたいことかもしれませんが、収穫される「お米」は何物にも変えがたい、「大切なもの」であったことを表している言葉が「たから」

稲や稲作は我が国の「神話」に登場し、農耕の紀元とされております。

ちなみにお米は「3年の蓄えあって国家、9年の蓄えあって太平の世」という言葉があるそうで、我が国に於いて、主食の中で最も重要な地位を占める「米」「稲作」がいかに大切であったかを物語っています。

ちなみに「宝」って、”うかんむり”にある”玉(ぎょく)”って書きますね。 家の中でとても大事なもの、ってことですよね。

かつては、今日での「宝石」と同じくらい大切にされてきたことが想像できます。

その「たから」も今では・・・・・ 私たちも、「食」その根源にある「稲作や農業」を真剣に考える時期を迎えているのでは・・

次の「あれこれ」は稲をテーマにしてみましょう。

 

 

◎ 稲
「稲」

「命の根」が語源だそうです。
「命の根っこ」だから「命と直結している」「命のおおもと」って事ですね。

もの凄い言葉です。
我々日本人にとって、最も大切な「命をつなぐ食物」であることを物語る言葉ですね。 前回の「宝」にも関連しています。

この「イネ」にまつわる言葉には「稲妻」とか「稲 光」とかあります。
「稲妻」は字のごとく「イネの奥さま」「何のこっちゃ?」と思われるかもしれませんがちゃんとした理由があり、稲妻・雷は夕立の季節に多く見られる気象現象で、今日でも農家の方々は「夏の終わりの夕立は田んぼに肥料を運んでくれる」と云って、昔から変わない自然の恵みだそうです。

私たちなら、雷鳴とどろけば「ヘソを隠して縮こまりそう」ですが、「ピカッ」と光る稲妻から発散される電解物質は、その時期を迎えつつある「イネ」に「そ ろそろ出ておいで」と出穂のお誘いをかける働きがあるそうで、まるで「そろそろ実を結びましょうか」と誘っている奥さま、人間に置き換えたら夫婦関係?のようで、擬人化されて稲の妻「稲妻」と名付けられているそうです。

また、稲光は瞬間的に「イネ」が輝いて見えるところから「しっかり成長している立派な稲」つまり「瞬間的に輝いて、光って見える稲」ことだそうです。

日本語って面白いですね。

ちなみに、「雷」には「神さまの声が聞こえる」とか「神さまのお姿が見えた」が語源だそうです。


次回ももう少し「稲妻」と「雷」についてお話しましょう。

 

 

◎ 稲妻と雷

「稲妻」と「雷」 神社では、皆さんが必ず目にされるものがありますね。

「しめ縄」です。
〆縄・七五三縄・注連縄などの漢字が当てられます。

初見は神話に登場する「尻久米縄(しりくめなわ)」です。 このしめ縄にぶら下がっているものがありますね。 和紙で作られた階段状のギザギザしたもの「紙が垂れる」と書いて「紙垂(しで)」と言います。

どっかで見たような形ですね。

実は「稲妻」をかたどったものと言われております。

しめ縄は藁でできているものがほとんどです。
藁は、かつて日本人の日常の生活や用品に利用されるなど大変重宝がられていたもので、リサイクルが当たり前の現代を遡ること・・・それこそ有史以来なのかもしれません。
究極のリサイクルとも云える今日では廃棄される運命の藁が再利用されてきて、わけても特別な場所であることを示す「しめ縄」としても役割を果たしてきました。

このしめ縄、よく見ると捻れていて、途中に真っ直ぐな藁が数本、等間隔で突き出ており、その間に「紙垂」がぶら下がっております。
一本の捻れた縄は「雲」、途中の突き出た真っ直ぐな藁は「雨」、その間の「紙垂」はなんと「稲妻」を模したものであるとも伝えられております。

そうなんです。前項で記しました田圃から立ち上がった「稲」に「稲妻」が出穂を促す様子が、しめ縄で表されているようなんです。つまり、しめ縄は「結界」のような目印的な役割だけではなく、「稲妻のようにものを誕生させるご利益がこのしめ縄の内側にはありますよ」ということも表しているようなんですね。

また地鎮祭などの屋外でのお祭りの、四方をぐるりと囲むしめ縄の形には、その場所に「見えない神様のご加護あれ、降り注げ」という祈りも加味されているようにも思われます。

そして「雷」です。
専門的になりますが、「紙垂」は右から左に下がっている「片垂(かたた)れ」の形状です。「御幣(ごへい)」はこの「紙垂」が右から左・左から右、両方に下がっている「両垂(りょうた)れ」の形状になっており、これも前項でふれました雷が光った形、つまり「神様の姿」を形作ったもの「目に見える形にした もの」であると云われております。

当宮でも地元のお社や祠の神事では、必ず新しい「御幣」を持参して古いものと入れ替えてご奉仕します。

また、年に一度の「接頭渡(せっとうわた)し」といわれる地元の担当引き継ぎのお祭りの際には、二体持参し、一体はご神前に、もう一体は新しい担当者のご自宅の神棚にお祀りされて一年の無事を祈られたりしているようです。

こうやって「目に見えない力」を具体的な形にしてきた人間の想像力ってものすごいですよね。

 

 

◎ 次回へ

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